|
僕は、米に対する思い入れがあります。それは、祖父母と我が家親戚一同の総勢十一名で米作りをしているからです。
僕は三歳ぐらいから米作りを手伝っています。今までずっと手伝ってきましたが、一番きついのは、機械が入らない田んぼの端や角の部分に手植えをしなければならない時です。腰をかがめて間隔を確かめながら植えたり、植える苗の数を確認しながら植えたりと、大変ではありますが、やり終えた時の達成感は言いようがありません。
うちの米作りは、いろいろなところにこだわりを持っています。といっても、それは実際に昔の人が行っていたことです。稲の苗は種籾から育て、コンバインでなく稲刈り機を使って稲刈りをし、機械が入らなければ手刈りを行い、刈りとったらはぜにかけて天日で干し、それから脱穀します。しかも、田植えは苗の生長の具合を優先し、稲刈りも稲の育ち方を見て行うので、平日とか休日とか関係なしです。これが、まさに「こだわり」だと言えます。
この作業の楽しさは、米作りを手伝ったことのある人にしかわかりません。ただ、これ以外にも僕が手伝わない部分の作業がたくさんあります。水量の調整や雑草とり、農薬の散布、台風の時の管理、あぜの整備のほか、「米」の文字の通り、八十八の手間がかかると祖父母から聞きました。
そんな手間を噛みしめながらご飯を食べると、とてもおいしいです。うちは二分づきの米を食べていますが、最近は精白米を食べる家が多いらしいです。確かに精白米の方がきれいですが、二分づきや五分づきの方が栄養をより多く取ることができて、身体にいいのです。
ところで、最近は米作りに八十八以上の手間をかけなければいけないことが多いです。数日の間に大量のウンカという虫が大発生して米にまとわりついたり、稲刈りの前に台風が何度も来て、稲が倒れ、泥だらけになったり。稲を刈った後でもスズメが群がって米粒を食べてしまったり、台風がまた来てはぜが倒れ、また泥だらけになったり。
七十年以上米を作っている祖父でさえ、経験したことのないこともあったようなので、最近祖父は、米作りをやめようかと何回か口にしています。ですが、祖母が
「将来食糧難になって、米が足りなくなった時にも困らないように。」
と言っているので、僕たちは、十一人という少人数であっても、毎年協力してがんばっています。
手間が普通よりかかっても、できるだけ自然に逆らわずに自然と共生できる米作りをしているので、田植え後の田んぼには、生き物があふれています。例えばホウネンエビや大量のオタマジャクシ。夏には耳をつくほどの音量で鳴くカエルがたくさんいます。稲刈りの後にも、バッタやキリギリスなど、たくさんの虫がいて、いろいろな草花も生えています。そして、無駄のないように、米ぬかやわらを切ったものは、肥料にしています。それが自然と共存し、かつ守ることにつながっていると思います。
このような自然と共存できる環境が身近にあり、それを体験できることを、僕は嬉しく思っています。これから、うちのように、昔から日本人がやってきた米作りをする農家が増えていってくれればいいと、僕は思います。 |